転倒の原因を考える(訪問看護師さん向けの転倒予防の講義②)
前回は訪問看護にとって転倒予防がなぜ重要なのかについて話をしました
今回はその転倒を予防するための具体的な対策について話をしていくのですが、転倒予防の対策をとるためには、その原因が分からなければ対策のとりようがないので、まず原因について考えてみようと思います
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転倒の原因
原因は思いつくだけでも結構ありますが、簡単にまとめると以下のスライドの様になります
軽く説明してみますと
3つ大きな流れにより、歩く能力やバランスが障害され、そこに環境や反応の遅さなどが加わり転倒に至ってしまうことが知られています
歩く能力やバランスが障害される3つの大きな流れ
①低活動、低栄養や病気などによって筋肉量が減少したり(サルコペニア)、骨がもろくなったり(骨粗鬆症)、膝が痛くなったり(関節痛)して姿勢が悪くなる事
②高齢者の方は合併症が多いため、薬を1日に5種類以上服用されている方は、薬剤どうしの相互作用だったり、高齢であるため肝臓や腎臓が上手く働かない事で薬の作用が強くでたりする事
③認知症や脳梗塞などの脳卒中、あるいは加齢など、または内耳性の疾患等によるめまいだったり、緑内障、白内障などの視覚障害、糖尿病などの手足の感覚障害
転倒の原因を簡単に挙げただけでもこんな沢山あるんですね
これらの原因全てに対して対策を取れたら理想的なのですが、原因が多すぎるため現実的ではありません
そこでいろんな転倒の原因はあるかもしれませんが、転倒に対する影響力には、原因それぞれに大小は必ずある訳です
なので転倒の原因として影響力の大きいものから対策を取っていくことが現実的であると思います
転倒の原因に関して調べた研究は世界中であるのですが、そのうちの1つを紹介します
ちなみにこちらの内容は日本理学療法士協会が厚労省に提出した資料にも使われたものです
転倒の原因として影響力の大きいものから順に並んでいます
1番が「筋力低下」、2番が「バランス悪化」、3番が「歩行機能の低下」、4番が「歩行補助具の使用」など…です
こちらが元となった論文で、無料で閲覧できます
Falls in the nursing home. – Semantic Scholar
このRR=…は何なのかについては次のスライドで説明します
転倒に対する影響で1番大きいとされるのが「筋力低下」なのですが
この「筋力低下(RR=6.2)」というのは、RRは相対的危険度のことを示していまして、「筋力低下のある人は、ない人と比べて6.2倍転倒しやすい」という事を示しています
6.2倍ですよ、すごいですね
何となく筋力が弱い人は転倒しやすいと思っていましたが、実際に数字で示されると説得力がありますね
でも先ほどの「転倒の原因」のスライドをみた方の中には「あれ?おかしんじゃね?」と思った方もいるんじゃないでしょうか?
それは「転倒の原因」の中に「段差」や「階段」や「坂」など環境に関する事が全く入ってなかったからです
数年前までは「段差」があるんだから転倒するわけで、日本中で盛んにバリアフリー、バリアフリーと言われていた時期がありましたね
なのに環境要因がなくても大丈夫なんでしょうか?
段差は転倒の主な要因ではない
その理由を説明したいと思います
それが今回の転倒予防の講義の副題に挙げました「段差は転倒の原因ではない?」の答えにもなります
それは前回Fall Risk Index(FRI)で紹介した鳥羽先生の研究(J-stageにて無料公開中)から言えた事になります
その論文に書かれているのですが、
転倒者と非転倒者の環境要因を比較した所、家の中の段差は「段差あり」が両者とも69%で全く差がなく、階段の使用も、坂道も差がなかった…
という衝撃的なものでした
つまり転倒した人とそうでない人で家の中に段差などのバリア(障害)の有無が転倒に影響したのか調べてみると全然影響していない事がわかった訳なんですね
この論文の中で先生がおっしゃっていたのは
認知症などで意識できない場合は問題かもしれないのですが、患者さんが意識できる様な段差などのバリアは転倒の原因ではないのではないか、というものでした
論文の中でその段差が問題となるのは、
数cmの段差も乗り越える事が難しい様な虚弱が進んだ方
が問題になってくるのではないかと書かれていました
極論すると、何でもかんでもバリアフリーといって住宅改修などにお金をかけるより、転倒に対する影響の強い「筋力低下」、「バランス悪化」、「歩行能力の低下」など身体機能を改善する方が有効ではないか、と先生はいいたかったんではないでしょうか?
それで今回、僕がこの講義の副題に「段差は転倒の原因ではない?」とつけた理由となります
では環境因子は大事ではないのでしょうか?
決してそういう訳ではありません
この鳥羽先生の本(転倒予防ガイドライン)に書かれているのですが、上のスライドの写真の様に患者さんが歩く所に障害物がある場合には、先生の研究と他の研究を合わせてみると、相対的危険度が3.8となるそうです
つまり歩行上に障害物のある場合はない場合に比べて、3.8倍転倒しやすい、という事ですね
この事は特に訪問看護場面で重要になってきます
僕らが訪問するとスライドの右の写真の様な場面が多く観られます
患者さんはスリッパは使わず滑り止めの靴下や室内靴を履いて一見転倒予防されている様なのですが、家族さんのスリッパが出入り口に置かれちゃっています……
このスリッパが障害物になっているのですね
おしい!このスリッパさえなければパーフェクトなのに。
ただこの環境因子はとっても素敵な事で、僕ら訪問看護で介入する時に、「あっ、これがあると患者さんが転けるかもしれないので、片付けておきますね」といってすぐに解決できるものなんですね
住宅改修など大掛かりなものは全く必要じゃないんです
とっても素敵な事じゃないでしょうか?
ついでにもう1つ事例を挙げます
また違う事例の紹介なのですが、この様に歩く所にコードがゴチャゴチャしている場合です
これも立派な歩く所の障害物です
コード自体をなくす事は難しいのですが、何個もあるコードを100均にある「コードまとめ」で1つにすることができるんです
これで歩く所のある障害物の数を少なくする事ができます
こんなちょっとした事で転倒を予防するができます
100均では売られていない長いのものはコチラ
先ほど鳥羽先生の研究の所で「意識できるバリアは転倒の原因とならない」といいました
では、意識することの難しい様な認知症の方はどうしたらいいのでしょう?
次のスライドで認知症の方の転倒リスクについて考えていきます
認知症の方の転倒リスクの特徴
認知症だからと言って何か特別な事をしないといけない、という訳ではありません
今まで話した様な高齢者がもつ転倒リスクである「身体面のリスク」や「薬剤・環境その他リスク」に「認知症に由来するリスク」が加わっただけなんですね
つまり「身体面のリスク」や「薬剤・環境その他リスク」を軽減する事が、そのまま「認知症」の方の転倒リスク軽減にも繋がる訳です
ちなみにここに書いてある「認知機能」というのは、例えば段差があると事を覚えていたり、転倒しにくい動作手順を覚えておくなどの記憶に関する事などです
「行動心理」というのは、多動に繋がる様な興奮状態だったり、逆に動こうとする意欲がかなり少なくなるアパシーと呼ばれている様な状態の事です
ただここで新たに加わった「認知症に由来するリスク」について詳しくみていきます
認知症に由来するリスク
例えば認知症で1番多いアルツハイマー型認知症の方は、段差がある事を忘れてしまったり、安全な動作手順を忘れてしまう「記憶障害」が転倒に繋がりやすい所があります
またここ数年で認知されてきたレビー小体型認知症の方は、現実と見間違う程の「幻覚」がみられる場合があるそうです
そのため実際にはない段差を乗り越えようとしたり、いない人を避けようとして転倒する事があるんですね
ただこの様に病気によって「転倒しやすくなる症状」が出る場合もありますが、患者さんによっても1日の中でそういった症状が出やすかったり出にくかったり(日内差)、また日によってでたりでなかったり(日差)、また同じ病名でも患者さんによって症状に差が大きく認められます(個人差)
そのため病名がこれだから、転倒リスクを減らすためにはこの様にすればいい、と中々言いづらい状態なんです
それでは認知症の方には、転倒リスクを減らすためにどの様に対処したらいいのでしょうか?
教科書的には「どの様な症状が、どの様な本人の文脈で生じるのか」を把握することが大切、と書かれています
しかし漠然とし過ぎていて僕にはよく分かりません(・_・;)
具体的に言ってみますと
「いつ」「どこで」「どんな」転倒が発生しやすいのか、つまり転倒しやすい「場面」 をまわりの人間が把握することが大切ではないかと思われます
認知症の方の転倒リスクを減らすための対策をまとめると
先ほど言いました様に、まずは認知症の方の転倒しやすい場面というのをまわりが把握しつつ、一般の高齢者の転倒リスクでもある「身体面のリスク」、「薬剤・環境その他リスク」を減らす事が、認知症の方の転倒リスクを減らす事に繋がるのではないか、と思われます
例えばアルツハイマー型認知症の方で、段差がある事を忘れて転倒しそうになった場合を考えてみましょう、もしバランス能力が高ければ、倒れずにひょっとしたら立ち直る事が可能になるかもしれません
また転倒の原因となった段差自体をなくしてしまえば、そもそも転倒しないと思います
しかし、その認知症の方が動かれる所の全ての段差をなくしてしまうのは非現実的です
そう考えると身体面のリスクを減らす事が現実的に思えてきます
ここまで転倒の「対策」をとるために、転倒の「原因」について色々話してきました
それで転倒の「原因」として影響の大きいものがコチラだったんですね
しかも、これら「筋力低下」や「バランス悪化」、「歩行能力の低下」などを改善させるためには、主に「運動」が必要な訳でその「運動」は僕ら理学療法士の得意とする所なんですね
そんなこともあり理学療法士協会は、僕ら理学療法士を転倒予防に使ってくださいと厚労省・市町村に猛烈アピールをしたりしています
身体機能を上げるためには運動が必要
でも「運動」にはいろんな種類があるんです
それは 「筋力をつける運動」 だったり 「バランスを鍛える運動」 だったり 「歩く機能を上げる運動」 だったり、それらの運動を幾つか組み合わせた様な 「複合的な運動」 だったりします
特に「複合的な運動」に関しては、僕の所属する理学療法士協会もHPで公開している運動があるので、それをまず紹介したいと思います
理学療法士協会がおすすめする複合的な運動
その運動が紹介されているPDFファイルはコチラになります(無償ダウンロード可)
こちらのPDFファイルの16ページに転倒予防の運動が2つ紹介されています
座布団の上で片足立ち運動
この運動は、片足でたつので「バランスを鍛える運動」と、片足に体重が集中するので骨を鍛える(=骨密度を上げる)「骨トレ」と、片足で身体を支えるので片足の筋力を鍛える「筋力をつける運動」の組み合わさったものです
もともとは昭和大学の阪本先生の「フラミンゴ体操」が元になったのではないかと思われます
その「フラミンゴ体操」を不安定な座布団の上でする事でより、バランスを鍛える要素を増やしたのではないかと僕は勝手に思っています
かかと落とし運動
この運動は、踵をストーンと落とす事で、体重の約1.5倍の圧力が骨にかかり骨を鍛える「骨トレ」と、かかとをしっかり上げるのはふくらはぎ(下腿三頭筋)の筋肉を鍛える事にも繋がるので「筋力をつける運動」と、しっかりつま先立ちになって静止するなら「バランスを鍛える運動」にもなるので、それらの組み合わさった運動になります
ただ協会のHPには、たった2つしか転倒予防に関する運動が紹介されていなかった(2016年5月当時)ため、今回それ以外の僕がオススメする運動を紹介していこうと思います
つづきはコチラ ⇒ 転倒予防のため僕がおススメする運動
参考・引用文献
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関連リンク
(ぼくがした講義・スライド)
・転倒予防がなぜ重要なのか?(訪問看護師さん向けの転倒予防の講義①)
・転倒の原因を考える(訪問看護師さん向けの転倒予防の講義②)
・転倒予防にオススメの運動 (訪問看護師さん向けの転倒予防の講義③)
・地域住民の方に転倒予防の講義をしてみた!(地域住民の方向けの転倒予防の講義)
(講義・スライドの元ネタ)
・転倒予防①(転倒が寝たきりの原因となる理由、訪問看護・リハビリ と 転倒)
・転倒予防②(転倒の原因、「段差」は転倒の原因ではない?)
(その他)
・法人リハビリスタッフ向けに「転倒予防」の講義をしてみた!(来月の告知あり)
・第43回リハビリテーション特別研修会(介護予防推進リーダー士会認定事業)
・介護予防推進リーダー研修